インタビュー

第8回は漫画家の瀬口たかひろ先生のインタビュー後編です。

瀬口たかひろ先生

今回「大村椿の森学園」を訪問し、養護施設で生活する子ども達と初めて交流をもった瀬口先生。

社会問題としての児童虐待だけでなく、昨今の子ども達誰しもが抱えうる問題などについてもお話を伺いました。

現実から目をそむけず何ができるか考えたい

Q.前回「選択肢を与えられないと自由に自己表現ができない子ども達が多い」というお話を伺いました。
さらに、「興味があることにはものすごい集中力を発揮するのに、それ以外のことにはものすごく淡白」というお話も。瀬口先生はそれを気にしていらっしゃると。

そうです。
そういった性格の子は僕の仕事場のアシスタントにも多いんですが、ただそれは常に楽な道を選択してしまうことに繋がってしまう可能性がある。
僕はそれではいけないと思っているんです。
何かの選択に迷った時は「困難な道」を選択する事が大切だと思います。
ただ今の世間の教育ではその逆。合理的な方を選択することが賢いとされています。
でも、本当の喜びというのは、自分に対してどれだけメリットがあったかではなくて、他人がどれだけ喜んでくれたかだと思うんです。
ただそれは自分の損得以外の道を選ぶ訳ですから「困難な道」である事が多い。
だから迷った時は「困難な道」なんです。
社会はどれだけの人が喜んでくれるか?そこでしか評価してくれないですしね。
僕は、そういった選択をすることが一番自分を成長させてくれると思っているんです。
でも今日、子ども達と交流してみて、そういった選択することが僕達に比べ非常に難しい子ども達もいるんだなと。
とても考えさせられました。

Q.瀬口先生自身はどういったキッカケで「困難な道」を選択するようにしようと思われたのでしょうか?

下積み時代にアシスタントに行っていた先生の影響ですね。
その先生が昔堅気な方で、損得より伝統や美学を重んじる方だったんです。

Q.ご師事なさっていた先生のお名前を伺ってもよろしいですか?

石山東吉先生です。
僕は先生に会う以前、美学的な生き方・考え方とは対局の、いわゆる損得で動くような人間でした。
でも、ある時先生に「お前には損得以前に、かっこ良い・かっこ悪いという価値観は無いのか!?」って突きつけられたんです。
当時、漫画家としてなかなか芽が出ずもがいていた僕の心に、先生のその言葉はとても強く響きました。
それからですね。損得よりも他人が喜んでくれるであろう「困難な道」をできるだけ選択するようになったのは。
また同時に、損得だけで判断していると、他人も自分をいいようにしか使わないという事も学びました。
そういったことは実際に「困難な道」を選択してみて初めて、わかることかもしれないですね。
僕の場合は、「困難な道」を選択するようになってから人生が良い方にまわり始めたような気がします。
石山先生には本当に感謝しています。

Q.児童虐待という問題がようやくメディアでも取り上げられるようになってきましたが、問題の深刻さに対してまだあまりクローズアップされてはいない状況です。最近、この問題に関心をもたれ、施設訪問をなさった瀬口さんにとって、こうした現状はどう思われますか?

僕はささやななえ先生の『凍りつく瞳』というマンガを読んで、児童虐待の抱える問題について認識を新たにしましたが、こういった問題について具体的に自分から動こうと思ったのは初めてでした。
そして、施設を訪問する前に、「椿の森学園」の子ども達は虐待を受け、情緒障害を抱えている子が多いと聞いていましたが、僕自身、情緒障害がどういったものかピンときていなかったんです。
でも、実際に触れ合ってみて初めて、違いというものを感じました。
「言葉では伝えにくい」という事が一つの問題なのではないでしょうか?

Q.子ども達のプライバシー等の問題もありますから、ありのままの情報を伝えることが難しい。報道などにも規制をせざるを得ないですからね。

ですね。ただ、これは僕も含めてになるのですが、今の社会にそういった子ども達を受け入れる下地があるかと問われれば、そこも非常に難しい問題ですよね・・・。
僕の中では、彼らに立ち直ってほしいという気持ちと、彼らと仕事を共にしたとき一緒にうまくやっていけるのか?という不安な気持ちが交錯してしまうんです。本当に難しい・・・。
例えば漫画の仕事でも、単純に絵が描けるというだけではなく、打ち合わせでは、編集さんの言わんとする事をいかに察するか、自分の言いたい事をいかに伝えるか、そういうコミュニケーションが意外と重要だったりする。

Q.それが彼らにとっては難しいハンデになったりする?

今のままの社会では、せっかく社会に出てきた彼らをまた傷つけてしまいそうで怖いんです。
社会って競争じゃないですか。
僕は競争は否定しません。人を育てると思っているんです。
競争には非合理的な要素を受け入れざるを得ない、人生において大切な要素がいっぱい詰まっていると思うからです。
今の教育には「競争」が足りない。子育てや愛なんて自己犠牲と非合理的なモノの塊だし。
でも今回出会ったのは、そんな競争の世界に一番放り込んではいけない子ども達のような気がして・・・

成長過程の子ども達が一度こういった状況に追い込まれてしまうと、なかなか回復することが難しいような気がするんです。
ですからこういった子ども達を大人がつくってしまう前に、その原因を何とかしなきゃいけない。
それは、平気で子どもを虐待してしまう親を生んでしまった今の学校教育だとか根の深い問題なのかもしれませんが・・・
僕は今回「椿の森学園」を訪問してみて、こういった子ども達がいるという現実から目をそむけるような事はしたくない。
だけど僕に何ができるんだろうって本当に考えさせられました。
自分の子どもに接するのと同じように彼らとも接する。今の僕にはそんなことくらいしかできないのかもしれませんけど。

Q.これは今の社会を支えている我々全員が、真剣に考えて行かなければならない問題なのかもしれませんね。ありがとうございました。
最後に子ども達へメッセージをお願いします。

僕は似顔絵が苦手だし、女の子の絵しか描けないんですけど、こんな僕の絵でも子ども達が笑顔になってくれるのがとても嬉しかったです。
あんまりみんなが喜んでくれるので、逆に僕の方がうれしくなって来ちゃって、
今回の訪問では交流会を通じて僕は子ども達から非常に大きなエネルギーをもらいました。
みんなありがとうね!!

継続して訪問してもらえることが一番うれしい、と職員さんが仰ってくださったので 機会があればぜひまた行きたいですね。
それが結果的に子どもたちにも喜んでもらえることにつながれば、こんなにうれしいことはないと思います。

瀬口先生漫画

■取材後記■

施設訪問の様子を思い出しながら、子ども達が抱える問題を一つひとつ真剣に考え、悩んでいた瀬口先生。
「目の前の事実に目をそむけないこと」
「大人達が深く傷ついた子ども達をつくらないこと」その言葉が印象的でした。
お忙しい中、本当にありがとうございました。

次回は、「コミックバーズ」で『鳥丸響子の事件簿』を連載中、アニメやゲームのキャラクターデザインも手がけるコザキユースケ先生の予定です。どうぞお楽しみに。

取材:柏葉 比呂樹

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