情緒障害児短期治療施設について

1. 概  要

 情緒障害時短期治療施設(以下:情短施設)は、昭和36年に非行児への初期介入を目的とした施設として設置された施設です。設置当初は"おおむね12歳未満"の児童を対象に、施設に入所または、在宅のまま通所して「軽度の情緒障害」の治療を、実施してきました。
 施設の最低基準に「医師」が配置されているという特異性もあり、当初対象としていた"非行児の初期介入"の流れから、"不登校"や"引きこもり"児童の治療、"発達障害による2次障害"の治療と、その時代の社会問題に合わせて、治療対象となる児童は変化をしてきました。
 平成に入り、虐待防止法が制定されて以降、虐待被害児童の後遺症の治療を目的とした児童の入所が急増し、現在では情短施設の71.6%(平成20年2月:厚生労働省)が被虐待児童となっています。
 虐待治療には、虐待トラウマの治療だけでなく、情動・行動のコントロールやストレス体制の強化、対人関係の構築、生活スキルの習得・社会規範の学習など、本来は親との間に結ばれるべき関係を作り直す『育ち直し』の作業が入ってきます。
 当然、「育つ」事が治療のテーマの為、その治療期間が長期化(ここでは2年以上とさせて頂きますが)しており、"短期"治療施設という名称は、名ばかりの状態になっているのが現状です。

大村椿の森学園(長崎)
 情短施設の治療は心理治療・生活治療と施設内学級等で行う教育治療の3本柱を中心に、家庭支援専門相談員等による家族療法や、医師による医療面の支援、栄養士・調理師による食を通じた関わり等、子どもに関わる"全て"が治療構造となる、「総合環境療法」であると言われています。
 この情短施設は(平成23年度2月:厚生労働省)全国35道府県に27施設あり、1128人の児童が入所し治療をしています。
(写真:大村椿の森学園(長崎))

2. 利用する子ども

 情緒障害の概念を厚生労働省は「家庭や学校、近隣での人間関係のゆがみにより、社会適応が困難になっている児童(厚生白書)」と定義づけています。
 "障害"とされているものの、他の障害とは意味合いが異なり、先天性の障害や病気による障害ではなく、「不適応を起こしている状態像」を情緒障害としています。
家庭での不適切な養育、学校でのいじめ被害、不適切な教育、更には事件事故に巻き込まれるなどして、社会生活や対人面で支障をきたし、不適応を起こしている状態等がその例です。近年、中でも児童虐待問題と、その後遺症による児童への影響は著しく、深刻な状況にあります。
 児童虐待は平成2年の虐待防止法制定に伴い、統計を取り始めてから急増状態にあり、児童相談所に報告される児童虐待の数は、この15年の間に30倍にも増えました。 この背景には、国自体の虐待に対する視点の変化や、時代の流れに伴う各家族化や家族の孤立化などの家族状態の変化などが影響していると言われています。
 虐待され、保護され、家族と住むことが困難と判断された子ども達の多くが、里親、児童養護施設、情短施設等の場所に行くことになります。
 しかし、虐待が子ども達与える影響は非常に深刻で、情緒面や行動面混乱をきたしやすく、本来虐待された子ども達が生活を取り戻すべく、居場所であるはずの里親や児童養護施設でも不適応状況から一緒に暮らせない状態となり、情短施設等の施設に移ることが少なくありません。

 BE SMILEのメンバーは、実際に訪問し、見た経験から、「生活」がメインの施設という印象よりも、「治療施設」という印象を強く持ちました。それは、入所している子ども達全てが、虐待の有無に関わらず、何らかの治療を目的に生活をしているからです。
 子ども達を擁護し、情緒障害の治療を行い、再び子ども達を社会復帰させる支援を行うのが情短施設の役割になります。

3. 虐待について

 平成23年度の児童相談所による、児童虐待対応件数は速報値で59,862件と過去最高であり、6万件に迫る勢いです。(厚生労働省:虐待速報値)
 厚生労働省の発表では、平成22年4月1日~平成23年3月31日までの期間の51人(45例)の子どもが虐待により亡くなっているとされています。
*心中47人を含むと98人の子どもが命を落としています。
(厚生労働省:子どもの虐待による死亡事例等の検証結果等について第8次報告より)
厚生労働省:子どもの虐待による死亡事例等の検証結果等について第8次報告より
*平成22年においては、東日本大震災により福島県を含まない(厚生労働省発表)

 平成22年度の虐待相談を種別毎に見ると、「身体的虐待」が21,559(38.2%)件と最も多く、
次いで「ネグレクト」18.352(32.5%)となっています。
厚生労働省:平成24年度児童相談所長研修 資料転写
(厚生労働省:平成24年度児童相談所長研修 資料転写)

 平成22年度の虐待相談の虐待主体者別にみると「実母」が34,060(60.4%)件と最も多く、
次いで実父14,140(25.1%)件となっています。
厚生労働省:平成24年度児童相談所長研修 資料転写
(厚生労働省:平成24年度児童相談所長研修 資料転写)

4. 虐待の後遺症に伴う情緒障害について

 虐待を受けた事による影響は多岐に渡ることが知られています。
よく言われることとして
① 低身長・低体重・身体的障害などの「身体面への影響」
② 言語能力の低下や知的能力低下、学力の低下などの「知的発達への影響」
③ 暴力行為に代表される反社会行為などの「行動面への影響」
④ 安定した対人関係が結べない、人との関係を拒絶するなど「対人面への影響」
⑤ 怒りの爆発・感情抑制などの情動のコントロールが困難となる「情緒面への影響」
などがあります。
 もちろん、これらの症状には、子ども達はなりたくてなっているわけではありません。度重なる親からの暴力や威圧(支配)、繰り替えされる不適切な養育や家庭環境、親からの性被害等により、その劣悪な環境を生き抜くために、身に着けざるを得なかったものなのです。

5. 情短施設での虐待治療

 虐待治療では、「PTSD症状の治療」「自己コントロール方法の修正」「自己イメージと自尊心の改善」「対人関係の築きなおし」が主なテーマになります。
特にPTSDの治療については「安全」「安心」「安眠」が非常に重要とされています。
・暴力を受けない、命の保証がなされている、危険な時に守もられる「安全」。
・解りやすい、見通しが立てやすい、困りごとがすぐに解決される「安心」。
・しっかり眠れる、眠りやすい環境が整備されている「安眠」。
 当たり前の事が平凡な毎日が繰り返され、生活の保障がされて初めて、症状は改善し、言語を用いた整理(自分を客観的に捉えたり、問題に直面化したり)が行えていくようになります。
 虐待を受けていた子どもたちには、朝起きて夜ゆっくりと眠れ、ご飯が食べられ、着るものに困らず、暴力を受けない、そんな平凡で当たり前の生活に不快感を感じる事が少なくありません。
 虐待を受けていた子ども達は「いつ、自分は殴られるのだろうか」「殺されるかもしれない」と常に過緊張状態にいたり、「暴力を受ける」ことや「性的な行為で抱きしめて貰う」ことを「親からの愛情」と誤認識したり、「大人に不適切に支配される」ことで「支配関係が対人関係を結ぶ方法」と学んだり、「激しい罵倒」により「自分はいらない存在」として心理的に植え付けられていきます。このような虐待状態に長く晒された子ども達にとっては、この虐待の状況が"当たり前の毎日"であり、私たちが思い描く"平凡で当たり前の毎日"が、慣れない毎日なのです。
 施設の生活職員(児童指導員や保育士)は寝食を共にし、子ども達にとって"新しい大人モデル"として、子ども達と関係を結び直し、社会に復帰できるよう支援をしていきます。つまり、施設における子ども達の生活そのもの(全て)が治療空間であり、"育ち直し"の時間になります。
 また、生活治療と並行し、心理士は心理治療を、学校の教諭は学習保障と学力の補填を行い、子ども達が得られなかった発達段階や、歪んでしまった認知・感覚・感情へのアプローチも行っていきます。

 <某情短施設の生活日課と行事>
某情短施設の生活日課と行事

6. 情短施設の社会的立場

 情短施設の存在は一般には殆ど知られていません。同じ児童福祉の仕事に就いていても、情短施設の存在はおろか、情短施設対象の「情緒障害」が何か具体的に述べることができない事は決して珍しい事ではありません。
本来は、どんな"情緒障害の問題を"治す(社会復帰する)ために、情短施設機能を用いて、どんな"治療をするのか"という視点から、情短施設の必要性が議論されるべきなのですが、得てして行き場が無くて困っているから、"情短施設適当"と言われる事が多いのが現実です。

 情短施設・情緒障害が知られていない事には理由がいくつかあります
① 根本的に「情緒障害」という概念があいまい(状態像の総称のため。ケア概念)
② 入所後に何(どんな治療)をしているか解らない(虐待のため秘密が多い)
③ 治療効果が非常に不明確(情緒障害の治療を期間・効果で表しにくい)
④ 各施設の設備状況・設置目的により、受け入れ児童が異なる
*高校生年齢の入所の可・不可。中学生以上の在籍の有無等
⑤ 児童福祉と学校教育で「情緒障害」の概念に違いがある
*学校教育では近年まで、情緒障害に自閉症が含まれていたなど
⑥ 必要性認識の違いにより、全国に情短施設が設置されていない(30道府県37施設)
*国は各都道府県1つ設置を努力目標として提示 ⑦ 非行が密接に関係している為、情緒面よりも行動面で捉えられることが多い等

 対象児童が明確にないため(勿論無い事での柔軟さはあります)、共通理解・認識が難しく、結果、必要性が問われず、その存在価値が見出されていないのが情短施設の現状です。

7. 情短施設の抱える問題

 先にも述べましたが、情短施設職員は"親代わり"として、子ども達の人生や生活を保障すると共に、"治療者"として意図的な情緒障害への治療を行う事が求められます。しかしながら、その治療を支える施設の体制は恵まれたものではなく、問題を抱えながらの運営を行っています。

① 職員数の問題
情短施設や児童養護施設は圧倒的な職員不足であると言われています。
情短施設職員は児童福祉法最低基準上『児童指導員・保育士は児童4.5人対し1名の配置』が義務付けられ、それに必要な最低限の費用が国から施設に支払われます。
しかし、先にも述べた通り、『1対1の対人(愛着)関係の築き直し』の治療を求められる状況に加え、職員の休日保障(最低限)や生活業務以外の業務を行うとなると、勤務実態は児童10人に職員1名程度の配置となります。そのため、情短施設は、職員不足を個々の時間外労働(いわゆるサービス残業)で補っているのが実状です。

② 施設内の現状
虐待の被害を受けてきた子ども達はその後遺症故に、破壊的な行動をしたり、非常に乱暴な言葉(罵声等)や時として暴力的な行為に及ぶこともあります。これは、子ども達が劣悪な環境故に身に着けざるを得なかった行動で、気持ちの表現を誤った行為で示している状態です。ですが、行為自体は反社会行為であり、職員はそれを受ける危険性に常に晒されている状態です。行為の理解と対応には、施設自体の職員を守る体制(職員数や休暇の保証、チーム体制や組織の確立等)や、後遺症の知識と沢山の経験が必要不可欠で、それが伴わないと非常に過酷な状況に職員は置かれ、結果、離職者が後を絶たず、経験者が育たない状況に陥ります。

③ 施設の運営について
情短施設の運営は国による児童の措置費で行われます。社会福祉の為、『子どもによりよい、余裕のある生活を』という観点ではなく、『生活の最低保証』に過ぎません。そのために措置費の施設はどこも、運営はぎりぎりの状態にあります。
また、情短施設には職員配置基準に「常勤医師の配置」が義務付けられています。当然、この最低保証の金額の中で、通常の医師が貰うべき給与額を保障することが非常に困難です(多くの施設は、医師の非常勤化や医師自身の厚意で破格の給与で勤務する対応等をしています)。
常勤医師の配置に対する補てんが無いこの構造は、最低基準と運営が解離しており、運営自体の圧迫と、医師確保の困難に繋がっている状態です。

④ 学校の整備について
情短施設の抱える問題に学校教育との連携があります。情短施設に入所する子の多くが普通学校・普通学級で不適応を起こしている状態があり、特別支援教育を必要としています。また各県全土から入所をしてくる(施設によっては他県児童の受け入れもある)ため、この教育体制を県及び県教育委員会(特別支援学校)が受け持つのか、市町村及び市町村教育委員会(普通学校分教室及び分校)が受け持つのかで非常に問題になります(財政的な問題が必ず生じる)。
多くの情短施設が敷地内で、地元の学校(市町村管轄)の分教室を"自閉症・情緒障害児"特別支援学級体制で学習保障をしています。しかし、"自閉症・情緒障害児"特別支援学級の教員配置基準は児童8人に教員1名配置の為、圧倒的な教員不足であることは言うまでもありません。教員不足を補うために、施設職員が授業のサポートに入る施設は多く、さらなる業務負担となっています。

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